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4月4日、5時起床。かなり強い雨が降っている。すぐに活動を開始する気になれず、二度寝。6時頃少し小雨になったのを見て活動を開始した。朝食を食べ終わった頃、また雨足が強くなった。結局、どしゃ降りの中のテント撤収となってしまった。それにしても、この雨の中を下からあがってくる人が結構いたのには感心する。雨の中の作業に手こずりながらも、8時頃淀川小屋を出発した。
40分ほどで、淀川入り口に着いた。そこには、タクシーが数台予約をしている下山者を待っていた。そこから、アスファルトで舗装された林道を20分ほど下れば紀元杉があり、バス停になってる。朝夕2本のバスがあり、朝の便にはまだ間に合う。さらに林道を下ると尾之間に下ることが出来る。そこには、温泉がある。予定は、こちらの林道だ。ただ、途中に鯛之川を徒渉する箇所があり地図には雨天時注意と書かれている。僕が、そちらの林道に入ろうとしたとき、タクシーの運転手さんに声をかけられた。「そっちに行っても、鯛の川まで行って戻ってくるだけだよ。」。聞くと、これだけ雨が降っているときっと濁流になってるよ。絶対に渡れないから行っても無駄だよ、という。僕は迷ったが、行って戻ってもバスには間に合うし、このまま下山してもすることもないので、行くだけ行ってみることにした。
雨の日の屋久杉の林も、「神秘的でいいものだ。」と自分に言い聞かせながら歩き続けた。こんな日に、この道を歩いているのは僕ぐらいのものなんだろうなと思っていると後ろから3人組のパーティーがやってきて、あっという間に追い抜かれてしまった。何となく仲間を見たような気になり、ほっとした気分になった。

途中、江戸時代の屋久杉の伐採跡地に出た。そこには、案内板が立てられていて、昔の伐採方法や、屋久杉で出来た平木という屋根の材料が高価で、屋久島の年貢になっていたという話がかかれていた。当時は、山中で切り倒した屋久杉を平木に加工して、一人一人背負って下りたらしい。それで、平木に加工しにくい根の部分や、形状の悪い部分がそのまま残されていて、それが伐採することが出来なくなった現在の屋久杉加工品の原料になっているという事だった。
伐採地を後にしてしばらく下ったところで、登山道が小さな川を横断していた。増水していて膝上くらいの水深はあったが川幅が4,5m位で難なく渡ることが出来た。これが鯛之川ならこれで戻らずに尾之間に下り温泉に入れると思い、足取りが軽くなったように感じられた。ところが、それから5分もたたぬ間にまた同じ様な川が現れたのだ。地図には徒渉ポイントは一つしか出ていない。いやな予感がした。この二つは、地図にも載らない小さなものでこの先にもっと難関が潜んでいるんだろうか。
予想は的中してしまった。さらに、しばらく行ったところで下から三人のパーティーが上がってきた。最初、そうか下からも上がってくることが出来たんだと思い安心したが、よく見るとだいぶ前に僕を抜いていった3人組だった。話を聞くと、とてもじゃないけど渡ることが出来ない川がこの先にあると言う。ほんの少し先だと言うことだったので、自分の目で確認することにした。見た瞬間、こりゃ駄目だとわかる濁流だ。タクシーの運転手さんの言うとおりだった。ここまで来るのに約3時間。思わず、笑ってしまった。人ってどうしてこういうときに笑ってしまうんだろ。不思議な生き物だとつくづく思う。
さて
、こうなっては仕方がない。諦めて引き返すことにした。引き返すといっても片道3時間。結構つらい。途中、伐採跡地で昼飯を取った以外はひたすら歩いた。帰りのバスの時間だけが気になる。確か3時頃だったと思うがはっきりした時間は分からない
。とにかく歩き続けて2時半に荒川登山口まで戻ることが出来た。停まっていたタクシーの運転手に紀元杉のバスの時刻を訪ねると、「確か、2時40分だったかなぁ。」と曖昧な返事が帰ってきた。もし、そうだとするとすでに残り時間10分を切っている。紀元杉までは約1キロ。道は舗装されている。空身だと何とでもなるが、縦走用の荷物を背負っていては非常に厳しい状況だ。とにかく走って、 紀元杉まで行くことにした。荷物が背中で上下に揺れ非常に苦しかった。時間もどんどん過ぎていき焦る気持ちだけが増大していく。
とうとう2時40分を過ぎ、「もう駄目だ。」と思った瞬間、目の前のカーブに紀元杉の方向から一人の登山者が現れた。「こんにちは、山の天気はどうでした?」とのんきなことを言っている。僕は、(悪いに決まってるだろう。)と思いつつも、「ひどかったですよ。紀元杉のバス停から来られたんですか。」と気になる質問をした。「ええ、そうですよ。」という答えに、わずかな希望を残し「そのバスはもう行っちゃいました?」と聞いてみた。「いいえ、そこのカーブを曲がったところにいますよ。」という返事。その瞬間、そのおじさんがすごくいい人のように感じた。
何とか、バスに間に合った。実際のバスの時刻は2時58分ということで、かなり余裕があったようだ。バス停には、尾之間に下りる道ですれ違った3人組もいた。「いや〜、大変でしたね。」と欲求不満の吐き口の見つかった僕は随分多弁になっていた。
バスで安房まで行き、そこで乗り換えて宮之浦まで行った。途中、ダイビングショップに電話して頼んでおいた宿が確保されていることが確認できた。ただし、素泊まりだ。料金は、2,000円の格安。宮之浦の観光センター前で、ダイビングショップの人と待ち合わせて宿に案内してもらった。
宿について、まずシャワーを浴びさせてもらった。体は、雨と汗でずぶぬれで、かなり臭っていた。時間をかけて、シャワーを浴び、一息ついたところで宿の人から、その日千尋の滝付近で3名の登山者が川に流されて亡くなられた話を聞いた。千尋の滝と言えば、僕が今朝渡れなくて引き返した鯛の川の下流だ。少し背筋が寒くなった。
シャワーを浴び落ち着いてくると、おなかがすき始めた。宿は、素泊まりなので外で食べることにした。宿の主人に言うと、漁火という普段なら予約の必要なくらい人気のある料理屋さんに案内してくれた。車で送ってもらい、終わったら迎えに来てくれると言うことだった。店に入って、まずは冷たいビールを頼み。メニューを見るとアサヒ蟹があったので、頼んでみた。後は、首折れ鯖にトビウオのツケアゲ(薩摩揚げ)、煮魚、等々屋久島の海の幸を堪能した。
アサヒ蟹は、色が鮮やかで形が変わっていてで食欲がわいたが、味はそれほどでもなかった。やはり、北海道の毛ガニやタラバの方がずっと美味しいようだ。ただ、かにみそはそれなりで最後まで楽しめた。おすすめは、トビウオのツケアゲに首折れ鯖の刺身だろう。
ビールを飲み終え、いよいよ三岳(焼酎)を注文した。北海道ではあまり飲まない芋焼酎もどういう訳か地元で飲むと美味しく感じる。ついつい、飲み過ぎてしまった。しばらく、するとカウンター席の隣にカップルが座った。宮崎から来たカップルで、男性はしんちゃん。大工さんでこれから全国を旅して日本の家を見て回るらしい。女性は、さおちゃん。英語の先生でしんちゃんを見送りにきたらしい。すごく楽しい人たちで、時間を忘れて話し込んでしまった。気がつくとだいぶ遅い時間になっていたので、店の人にたのんで宿に電話してもらった。
宿の人も、なかなか連絡がないので心配して一度店まで来ていてくれたらしい。あまりに楽しそうに飲んでいたので、声もかけずに帰ったと行っていた。申し訳ない。
その日は、気持ちよく酔え、宿についてすぐに熟睡だった。