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翌朝、ホテルで朝食を済ませすぐに出発した。シャモニまでは、ツェルマットからフィスプまで下り、ジュネーブから来た鉄道をマルティニと言う駅まで戻り、そこから登山鉄道でシャモニまで行くという経路だ。マルティニ〜シャモニ間はアルプス越えのルートでモンブラン山群が一望できる楽しみな区間だ。
ツェルマット駅には早めに着いたが、列車は既にホームに停まっていた。僕は、2等の禁煙席に席を確保した。出発を待ちながら、モンブランへの思いは膨らむ一方だ。まばらだった車内も出発前にはほぼ満席になっていた。列車が駅を出てすぐに、最後のマッターホルンを望むことが出来た。相変わらず半分雲に隠れたままだ。残念ながら、今回の旅では、マッターホルンには嫌われしまったようだ。
フィスプにはスイスでは珍しく、数分遅れで到着した。ここでは待ち時間なしの乗り換えだったので、多くの人が列車間を小走りで移動していた。僕も、とにかく走る人について走り、なんとか乗り換えに成功することが出来た。フィスプ〜マルティニ間は空いていて快適だったが、マルティニは終着駅では無かったので眠ることが出来ないのが辛かった。乗車時間は、40分ほどだ。
無事マルティニで下車することが出来た。駅から見た感じは、地方の小都市といった感じだ。丘の上に見える、お城の円筒形の塔が印象的だ。シャモニ行きの登山列車の出るホームには観光客らしい人たちが列を作る出もなくたむろしていた。その中には日本人も混ぜっていた。僕も、その周辺にザックをおろして汽車を待つことにした。30分ほどまって、登山電車がホームに入ってきた。3両編成だ。とっさに、全員座れるんだろうかと言う不安が全員の頭をよぎったようだ。急にみんなそわそわしだした。
列車のドアが開き、全員一斉に列車流れ込んだ。僕は、なんとか自分の席を確保することが出来たが、中には立ち客も出たようだ。ただ、混んでいたのは最初の30分くらいで途中からは席に余裕も出来た。天気はよく、アルプスの山々がよく見えた。シャモニ近くではアルプス3大北壁の一つであるグランドジョラスが正面に見えここがアルプスであることをを実感出来た。モンブランへの期待に気持ちが高まる。
12時過ぎにシャモニに着いた。シャモニではやるべき事がたくさんある。先ず、ホテルを確保しなければならない。次に、モンブラン登り口への交通機関の下調べ、天気の情報の入手、ガスボンベ、地図、非常食等の購入などだ。
駅を出てから、観光案内所に行ってみることにした。ホテルを紹介してもらうためだ。観光案内所は、駅からまっすぐに伸びた通りを400mほど行ったつきあたりにあるサンミシェル協会の脇にある。その通りの途中に、モンブランに初登頂したパルマと初登頂に賞金をかけたソシュールの像が立っていた。彼らの指さす先にモンブランの山頂があるはずだ。僕はそ
の像の真後ろに立って、その指さす先をみた。残念ながら、山頂部だけガスがかかっていて見えなかったが、その仰ぎ見る角度は高くヨーロッパ最高峰の貫禄を見せつけていた。
観光案内所にはたくさんの人がいた。日本人用の窓口もあったが、そこには4時になるまで人は来ないと、張り紙されていた。仕方なく通常の窓口の列に並び順番を待つことにした。5分ほどで、僕の順番が来た。緊張したものの、なんとか近くのホテルを紹介してもらい、モンブランの登り口であるニ・デーグルまでのバス、ケーブルカー、登山電車の情報を得ることが出来た。
紹介してもらったホテルは、サンミシェル教会前の広場をはさんで観光協会の向かいにある「ル・シャモニ」というホテルだ。そこでは、モンブランの見える側の部屋にしてもらった。荷物を置き、休む間もなく次の行動に移った。次は、天候情報の入手だ。
僕は、教会の隣にあるシャモニ・ガイド組合に行ってみた。建物の中は閑散としていて、中には誰もいないようだった。時間は、まだ一時前だ。きっと昼休みなんだろうと思い、先に、観光案内所で教えてもらったバスの乗り場を確認しておくことにした。観光案内所では、バス停の位置を地図に印を付けて教えてもらっていたのですぐにわかった。ホテルから、歩いて
5分ほどのところだ。
次に、登山道具の店を探すことにした。ガイドブックでは、ネスル・スポーツという店で何でもそろうと書いていたので、そこに行ってみた。店はすぐに見つかったが、3時半まで昼休みと書いてある。どうやら、ここではそれくらい休みを取るのが普通のようだ。 諦めて、取りあえず自分もランチにすることにした。パルマ
広場のオープンカフェに入り、この地方の郷土料理だというソーセージの盛り合わせと赤ワインを頼んだ。僕は、これまで旅先でワインを飲むときは、ハーフボトルのものを頼んでいたが、それぞれの店にハウスワインというものがあり、必要な量で頼むことが出来る事をこの時はじめて知った。 フランスの赤ワインとソーセージの盛り合わせを時間をかけてゆっくりと楽しんでから、ガイド組合に戻ってみた。
今度は、人がたくさんいる。ほとんどの人はアルピニストで、登攀ルートの書かれた資料を物色していた。僕は、窓口でここ2,3日の天候について聞いてみた。すると、僕を一枚の張り紙のあるところに案内してくれた。そこには、英語で、今日、明日、明後日の天候が書かれていた。今晩は、雷を伴う嵐。明日は午前中は曇りだが、徐々に天候は回復する。明後日は、午前中は晴れているが午後から雷の伴う嵐になる。と書かれていた。
モンブランの登頂に要する時間は、一泊二日で通常は二日目の昼過ぎには下山できる。それを考えると明日の出発であればなんとかなる。ただ、二日目午後の雷の伴う嵐というのが気になる。もしこれに捕まってしまったら大変なことになるだろう。でも、がんばればなんとかなる天気だ。自分の幸運を信じて明日の決行を決心した。
登山決行を決心しちょっと興奮した状態でガイド組合を後にして、登山用具店に向かった。そこで、地図とガスボンベを購入。店のスタッフに日本人がいたので、モンブランの話をしたところ、単独登山についてかなり厳しい話をされた。「ヨーロッパでは、氷河上を歩く時はアンザイレンするのが常識で、どんな優秀な登山家でもクレバスに落ちることはあるんだ。」ということだ。ある程度、こういう批判は覚悟していたが日本人に言われるとは思っていなかった。自分としては、ある程度のリスクは覚悟の上でここまで来ている。気にしないようにして、ホテルに戻った。帰る途中コンビニのような店で、非常食としてスニッカーズを購入し準備は完了した。
ホテルに帰り、フロントで明後日の宿泊を予約し、その間自分の荷物を預かってもらうよう頼んで部屋に戻った。部屋に戻ってから、荷物を明日持っていくもの、置いていくもの、着て行くものに仕分けした。その作業を終え、ふと、外に目をやるとさっきまで晴れていた空がどんよりとした雲で覆われていた。モンブランはその雲で完全に見えなくなっていた。次に瞬間、大粒の雨が降り出し近くで雷も鳴り出した。天気予報でわかっていたとは言え、天候の急変に少し不安になってしまった。
しばらく、その雨を黙って眺めていると、急に疲労感がこみ上げてきた。これまで、緊張感で体の中心に閉じこめていたものが、突然堰をを切ったようにこみ上げてくるようだった。思わず後ろのベッドに俯せに倒れ込んでしまった。ものすごく体が重く感じる。まるで、体に重しがのっかているよだった。 この状態では、とてもじゃないが山道を歩くことは出来ない。明日の朝までに回復するだろうか。凄く不安になってきた。明後日の昼頃までに下山できないと、これと同じ様な嵐に捕まることになる。とにかく、体調が回復するのを期待して少し眠ることにした。
早く寝なければと気持ちは焦るが、なかなか眠れない。体は疲れて動けないのに、頭の中はいろんな思いが巡っている。一日体を休めることが出来ればいいが、天候を考えると明日出発するしかない。雷の伴う嵐というものを目の当たりに見てびびっていると言う部分もある。考えてみれば、日本を出てから睡眠不足と時差ボケ、二日間の山歩き、一人旅での緊張の連続と、疲れていて当たり前だ。
その時、僕の頭の中には「登りたい。」という自分と「怖い。」と言う自分、「登れる」という自分と「無理だ。」という自分の4人の人格が混在していたような気がした。ここまで来るのに費やした時間と熱意を考えると自分の意志で諦めるのはつらい。出来ることなら、誰かに決めて欲しいという心境だ。
そんな状態が数時間過ぎた。相変わらず体は重い。明日山に登るとすれば、7時のバスに乗らなければならない。それで、6時をタイムリミットとしてその時点での体調で決めることとした。
とにかく、今日は体を休めるために眠るだけだ。