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今回の旅は、12月18日に美深を出発し、来年の1月13日に戻って来るという、延べ日数27日間の大旅行である。こんな大胆な休暇を許して頂いた職場のみなさんには、本当に感謝しています。
さて、アコンカグへ向けての長い旅路の出発である。去年の8月に、キリマンジャロに登ったときは高山病のつらさのため、自分の高所登山もこれまでだなと思っていたのに、今度はさらに1,000m以上も高い山への挑戦である。しかも、今度の登山にはガイドは付かない。全くの単独行動だ。本当に登れるんだろうか。というか、どこの山岳会にも属さない僕が、単なる趣味の範疇でこんな事していいんだろうか。そんな不安を胸に抱いての出発だった。
美深から、登山口のプエンテ・デル・インカまでの行程はこうだ。美深−岩見沢−千歳−成田−ロサンジェルス−サンチャゴ−メンドーサ−プンテ・デル・インカという長大なもので、途中岩見沢に一泊、メンドーサに登山準備が出来るまで宿泊することになっている。
12月18日、その日の仕事が終わり職場の仲間に一通り挨拶してから出発した。その日は、職場の忘年会だったので、どたばたしている中での出発となった。車で岩見沢まで走り、常宿にしている友達の家に泊めてもらい、次の日の朝千歳に向かった。
千歳から成田までは、直通の小型ジェットで、成田−ロス間はポケモン仕様の飛行機で座席に座ると翼の向こうにポケモンがこっちを見ていた。
翌朝、と言っても日付変更線を超えているので二度目の12月19日の朝、飛行機の窓からロッキー山脈が見えた。これが、ロッキー山脈なんだと眺めていると、飛行機はあっという間に高度を下げはじめロサンジェルス空港に向けて一直線だった。
ロサンジェルスでは、乗り継ぎでも入国、出国の手続きが必要だったので、それに時間がかかりほとんどゆっくりする暇がなかった。特に、出国ゲートは100m以上の長蛇の列だったので、遅れては大変とすぐに列の最後尾に付いたので空港内を歩き回る時間は全くなかった。
ロサンジェルスからは、ランチリ航空で、この時期は南米から北米に出稼ぎに来ている人たちの帰省ラッシュと重なっていると言うことだった。ロサンジェルスの空港が込んでいたのもそれが原因だったらしい。飛行機で隣に座った人は、これからアルゼンチンのメンドサーに帰ると言っていた。それで、僕もこれからメンドーサまで行ってアコンカグアに登るんだと言うと、ものすごく喜んでくれ、メンドーサの話や、自分の子供たちへのおみやげの話などを聞かせてくれた。
飛行機は、ペルーのリマで一度トランジットしてサンチャゴに向かった。リマでは、20分ほど機外にでれると言うことだったので、好奇心旺盛の僕はとりあえずリマの土を踏んでおくことに
した。
飛行機は、サンチャゴに着いた。待ち時間は3時間。メンドーサ行きの搭乗ゲートを確認し、ザックを枕に少し仮眠をとった。2時間くらい経ったかなと思い目を覚ますと、困ったことにメンドーサと表示されていたディスプレイがブエノスアイレスに変わっていた。さっきまで近くにいた、サンチャゴまでの飛行機でメンドーサに行くと行っていたおじさんも周りにいない。一瞬、時計を合わせ間違ったかと思い青ざめたが、いろいろ調べていると出発時間が変更になり搭乗口が変わったという事がわかった。新しい、搭乗口で待っていると例のおじさんがぎりぎりに現れた。どうやら、僕のことが心配で空港内を探して回ってくれていたらしい。感謝、感謝である。
12月20日の昼過ぎに、飛行機はようやくメンドーサに着いた。長かった。12月19日の13時に千歳を出て、時差が12時間と言うことは31時間位かかったことになるんだろうか。乗った飛行機が4機、食べた機内食6食。でも、これで地球の裏側までこれるんだと思うと結構早かったのかも・・・・。
メンドーサでは、やるべき事がたくさんある。入山許可の申請、ホワイトガソリンの入手、アコンカグアの地図の入手、プエンテ・デル・インカまでの移動手段の確保、食料の入手、それになんと言ってもアルゼンチンワインとステーキだ。
空港で両替を済ませ、タクシーでメンドーサに向かう。先ずは、宿探しだ。地球の歩き方では、安宿では英語が通じないところが多いと言うことだったので、いろんな情報を得ることが出来そうな中級ホテルを適当に選んで行ってもらった。CADENA DELSOLと言うホテルだった。交渉してみると、一泊10ドルで登山中のいらない荷物も預かってくれるといことだったので即決で部屋に入った。
部屋に入って、先ずしたことはシャワーに洗濯。長旅の疲れを癒すまもなく登山準備のために町に出た。フロントで、登山許可申請窓口があるというGeneral San Martin公園の場所を聞くと、地図で丁寧に教えてくれた。市街地を突っ切る形で30分くらい歩いたところにあるそうだ。町の様子も見られるのでちょうどいいと思いぶらぶら歩いていくことにした。町中は、碁盤の目状になっていて、それぞれの通りに名前が付いていて、地図と住所さえ分かれば簡単に歩けそうだ。途中、路上にカフェテラスの並ぶ通りに出た。何となくいい雰囲気だったので、後でお茶でも飲もうと思った。カフェテラスが切れたあたりには登山道具やがあった。さら
に進むと、公園がありそれを突っ切って行くと、レストランの並ぶ通りに出て、住宅地をへてようやく目的のGeneral San Martin公園にたどり着いた。むちゃくちゃ大きな公園である。窓口がどこにあるのかさっぱり見当が付かない。とりあえず、入り口近くにあったインフォメーションセンターのような建物に入り聞いてみた。そこでも、公園の案内図上にペンで印を付けてくれ、丁寧に教えてくれた。ただ、教えてくれた女性がたどり着けるかどうか不安そうな顔をしていたのが気になる。行ってみて、その理由が分かった。その建物には看板らしいものがなく、一階が警備員か警察の詰め所みたいになっていて、とてもじゃないがここに登山許可申請の窓口があるとは思えなかった。表にいた制服を着た人にここでアコンカグアの登山許可が取れるのかと聞くと、黙って二階を指さされた。屋外に取り付けられた木製階段をおそるおそる上っていくと、そこはもともと飲食店だったらしく広いデッキ状になっていて奥の方に小さなカウンターがあった。そのカウンターのところまで行くと人が座っていて、登山許可がほしいと言うと申請書を渡され、これに記入してくれと言われた。ようやく安心して、必要事項を記入して、入山料の200ドルを添えて提出すると許可は簡単に取れた。第一関門の突破である。
次は、ホワイトガソリンと地図だ。登山許可のカウンターに山道具屋さんのちらしが置いてあったので、それを頼りに近そうな店に行ってみることにした。General San Martin公園を出て5分もかからないところにその店はあった。鉄格子の付いた窓越しに店の中をのぞいてみると、山の道具がびっしり並んでいた。丈夫そうな、木製のドアを押してみたが鍵がかかっているようだった。呼び鈴があったので押してみたが誰も出てこない。何度も押しながら2,3分待ったが誰も出てこないのであきらめようと思った時に、中から人が出てきた。がたいのいい大男で、怖そうな感じだった。ホワイトガソリンのことを訪ねると、ペットボトルに入った透明な液体を持ってきた。何度も、「ベンシーナ ブランカ?」とたずねて購入した。その店では、地図は手に入らなかったが、バスでプエンテ・デル・インカまで行く方法を聞くことが出来た。それと、その店でムーラの予約も出来るというので頼むことにした。次の日の朝、バスセンターから6時発のプエンテ・デル・インカ行きのバスに乗り、一つ手前のロスプキオスで降りればいいと言うことだった。
登山許可もとれ、ホワイトガソリンも手に入り、プエンテデルインカへの行き方もわかり、ムーラの手配も終わった。何から何までとんとん拍子で進んだ。そう思うと安心したのか、急にお腹がすいてきた。歩いてる途中に目を付けていたよさげなレストランに行くことにした
。午後4時頃だったので、店内にはほとんど人がいなかった。窓際の席をとり、メニューを見せてもらった。開いてみても、スペイン語しか書いていない。しょうがないので、おすすめを聞くとやはり炭焼きのステーキを勧められた。言われるがままに、骨付きのステーキとサラダ、それにビールを頼んだ。サラダはサラダバーになっていて採り放題だった。サラダを山盛りにとって来たところでビールが来た。なんと1リットルビンだ。日本の大ビンより二まわりくらい大きく感じた。なんか、ビンを見ただけで嬉しくなってしまうようだった。サラダを肴に1リットルのビールを飲み干した頃に、ステーキが運ばれてきた。あばらを横に切ったようなステーキが2枚、皿にのっていた。上手そうである。思わず、ハーフボトルの赤ワインを追加した。メニューにはたくさんの銘柄があったが、解るはずもなく、ビンを見せてもらい直感で決めた。正解だった。ワインはこくがありとても美味しかった。ステーキも美味しく大満足の食事だった。
食事の後、地球の歩き方に出ていたスーパーマーケットに行って食料調達をすることにした。食料については、基本的には日本から持ってきていたが、最初のうちくらいは新鮮なものが食べたかったからだ。スーパーでは、牛肉、ソーセージ、パン、にんじん、タマネギ、ジャガイモ、マヨネーズ、チョコレートのようなお菓子、それに水6リットルを買った。後は、地図だけだ。
ホテルへの帰り道の途中、来るときにチェックした山道具屋さんに行ってみた。そこでも、まともな地図は置いていなかったが航空写真にルートが書かれた程度のもは手に入った。これ以上探しても無駄なような気がしたので、あきらめてホテルに帰ることにした。
ホテルに着いたのが午後6時頃。入山前に職場に電話することになっていたが日本時間では早朝の6時。少し早すぎると思い、寝ることにした。8時頃目おさまし、電話で職場に明日入山することを告げた。買った水を飲んでもう一度寝ようと思ったが、その水はガス入りだった。間違って買ってしまったらしい。しょうがないので、もう一度街に出ることにした。
外はまだ明るく、人もたくさん歩いていた。例の、カフェテラスの並ぶ通りまで行くとたくさんの人でにぎわっていた。流しの芸人たちも何カ所かで歌を披露していた。そのうちの一組が、「コンドルは飛んでいく」を歌っていた。南米に来たことが
実感でき、ものすごく嬉しくなり、思わず近くの空いている席に座ってしまった。
そこに、きれいな女性がメニューを持ってオーダーを取りに来た。ビールと何か軽い食事を頼もうと思ってメニューを見たが、やはりさっぱり解らない。サンドイッチというのが解ったので、その中から一番安いのを頼むことにし、その女性にそれを指さして示した。すると、その女性は陽気に強い語調でスペイン語で何かを話し始めた。何を言ってるのかさっぱり解らないが、たぶん「それはただのサンドイッチよ。この辺の人はそんなもの食べないわよ。ほら見なさい。みんなステーキを食べてるでしょ。せっかく、アルゼンチンに来たんだから、これよ。これを食べなさい。」(別のメニューを指さす。)と言ってるよだった。あまりに、陽気な感じで、熱心に話すので、ついつい「Ok,I’l try it.」と返事してしまった。すると、その女性は親指を立てながら笑顔で「Good choice.」と言って戻っていった。周りの人たちを観察しながら、ジョッキのビールを飲んでいると、注文したものが運ばれてきた。それは、確かにグッドチョイスだった。厚さ5cm位の見たこともないような大きなステーキだ。たぶんヒレ肉だと思う。覚悟を決めて、ハーフボトルのワインを追加注文してそのステーキに挑んだ。格闘時間は30分以上かかったと思う。でも、何とか平らげた。後で分かったことだが、ここいらの人は昼真っからこんな肉を平気で食べてしまうらしい。アルゼンチン人恐るべしだ。
予定外の食事を済ませ、ノンガスの水を5.5リットル買ってホテルに帰り寝ることにした。次の日は、早出で4時半おきの予定だ。
ワインとステーキのせいかほとんど寝られずに朝が来た。顔を洗い、フロントに荷物を預けタクシーを呼んでもらった。バスターミナルへはあっという間だった。歩けば良かったと思うくらいだった。バスセンターには、いくつかのバス会社が入っていたが、山道具やのおやじに言われた会社はまだ開いていなかった。不安になったが、どうやら出発時間は7時だったらしい。ともかく、チケットを購入しバスに乗り込むことが出来た。バスは、最初は半分くらいしかのっていなかったが、出発前に度どっとふえ約3分の2位までになったが座席には余裕があった。
7時を少しすぎてから、バスはプエンテデルインカへ向けて出発した。街の中は、街路樹で埋め尽くされているかと思うほどすべての通りに街路樹が植えられていたので緑豊かな土地なのかと思っていたが、一歩街の外に出ると様相は一変し荒涼とした土と岩の大地が広がっていた。バスは、時折緑豊かな市街地を通過しながら約5時間でプエンテ・デル・インカに到着した。僕は、その1キロほど手前のロスプキオスというバス停で降りた。バス停の周りには一軒の建物が建っているだけで何もなかった。きっとそれがムーラの会社に違いないと思いそこまで歩いていった。そこには、ムーラが何頭か繋がれていて、その世話をしている人が一人いたが英語は通じないようである。しばらくしてから、スーツを着た人が現れ、もうすぐマリオという人が来るからその人と交渉するように言われた。さらに、20分位してからようやくマリオが車に乗って現れた。手続きは簡単だった。山道具やのおやじからもらった書類を見せると、荷物の重さを量り、名前や日付の書かれた一枚の紙切れを渡され、ベースキャンプにこのテントがあるからこれを持っていけ、と写真を見せてくれた。
手続きが終わると、マリオが登山口のあるオルコノス湖まで車で連れて行ってくれた。いよいよ、登山の始まりだ。